大判例

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松山地方裁判所 昭和46年(ワ)44号 判決

香川県高松市丸の内二番五号

原告 四国電力株式会社

右代表者代表取締役 大内三郎

右訴訟代理人弁護士 大西美中

同 米田正弌

同 河本重弘

愛媛県西宇和郡伊方町九町一番耕地八五八番地の第四

被告 田村好太郎

同県同郡同町九町一番耕地五六四番地

被告 久保与十一

右両名訴訟代理人弁護士 三好泰祐

主文

1  被告田村好太郎は、原告に対し、別紙目録(一)記載の土地をその地上立木を収去して引渡せ。

2  被告久保与十一は、原告に対し、別紙目録(二)記載の土地を引渡せ。

3  訴訟費用は被告両名の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告(請求の趣旨)

主文同旨。

二、被告両名(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1  原告は、昭和四四年七月二八日別紙目録(一)記載の土地(以下本件第一土地という)を被告田村から、同年同月七日同目録(二)記載の土地(以下本件第二土地という)を被告久保から、それぞれ、原告が地質等諸調査の結果発電所用地として適地であると認めること(すなわち原告がボーリング等による地質等諸調査の結果当該地が原子力発電所建設用地として適地であると国に認めてもらえると判定したこと)を停止条件として、つぎの約定で買受けた。

(1) 売買代金は、本件第一土地については一平方メートル当り七六円、本件第二土地については一平方メートル当り五〇円とし、それぞれ所有権移転登記が完了したとき支払う。

(2) 被告両名は、前記停止条件が成就した後、それぞれ原告の指定する日までに地上物件を移転して、本件各土地を原告に引渡す。

2  しかるところ、原告は、昭和四五年九月二一日、ボーリング等による地質等諸調査の結果、本件各土地が原子力発電所用地として適地であり、国にもその旨判定してもらえるものと認めたので、前記停止条件が成就した。

そこで、原告は、前同日ころ到達の書面で、被告両名に対し、前記停止条件が成就した旨を通知した。

3  そして、原告は、昭和四六年五月二四日の本件第一回口頭弁論において陳述した同日付訴の変更申立書により、被告田村に対し同年七月三一日までに本件第一土地上に存する立木を収去して右土地を引渡すよう、被告久保に対し即時本件第二土地を引渡すよう、それぞれ請求した。

よって、原告は、被告両名に対し、売買契約に基づき、請求の趣旨記載のとおりの判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、請求原因に対する被告両名の認否

1  請求原因1の事実は否認する。本件第二土地は現況原野ではなく、畑であって農地である。

2  同2の事実は否認する。本件各土地は原子力発電所用地としての適格性を備えていない。

3  同3の事実は認める。

三、被告両名の抗弁

1  (効果意思の欠缺と錯誤による無効)

被告両名は、いずれも仲介にはいった伊方町役場吏員の「地質調査のためのボーリングをするにすぎないから」とか、「売るのがいやなら後でいつでも取消せるから」という説明を信用して、本件各土地を原告の一時的なボーリング調査のみに供する目的で、軽い気持で本件各契約を締結したものであって、真に本件各土地を売買する意思を有していたのではなく、また本件各土地が原子力発電所の用地に使用されることの認識はなかった。

しかるに、後になって、本件各土地が被告両名の意図に反して原子力発電所用地に供されるものであることが判明した。

したがって、被告両名の本件土地売買の各意思表示は、効果意思の伴わないものであり、要素に錯誤があるから、無効である。

2  (公序良俗違反―原発設置の危険性)

本件各契約上、本件各土地が原子力発電所用地に供されるものである旨表示されていたところ、原子力発電所(原子炉)の設置は危険性の強いものであって、右表示の動機に不法があり、公序良俗に反するから、本件各契約は民法九〇条により無効である。

すなわち、原告が本件各土地等に設置しようとしている米国製加圧式軽水型原子炉自体いまだ実験段階であって実用化の段階でないことは、米国で出力五〇万キロワット級の軽水炉が作られ始めたのは一九六八年(昭和四三年)であって今日までわずか数年を経ているのみであること、わが国においても同種の美浜一号炉において運転開始(昭和四五年)後わずか一年半で蒸気発生器細管に減肉現象が起りその多くが破損するなどのいくつかの事故を発生させていることなどから明らかである。また、平常運転の際の放射性気体廃棄物の付近住民への影響も無視しえないほか、いまだ放射性固体、液体各廃棄物の処理対策も具体化されていない有様であり、温廃水の水産漁業に与える影響も大きい。加えて、地震多発地帯に属する本件各土地の立地条件にも問題がある。

かように、原子炉にいったん爆発事故などの重大事故が起ったときはもちろん、平常運転時においてもたえずはき出される放射能によって、付近住民の生活身体に被害を及ぼすものであり、内外の多くの科学者がその危険性を強く訴えているのであるから、この段階で原子力発電所の設置、運転を強行することは、正義の観念に反し、公序良俗に反するというべきである。

3  (契約の解除)

右1および2の抗弁に理由がないとしても、前記1のとおり、被告両名は、伊方町役場吏員の「売るのがいやなら、後でいつでも取消せるから」という説明を信用して、本件各契約を締結したものであるが、右は原告の代理人たる同役場吏員との間で約定解除権の設定があったものである。

そこで、被告両名は、原告に対し、それぞれ昭和四五年五月中旬到達の書面で本件各契約を解除する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実中、本件各契約上、本件各土地が原子力発電所用地に供されるものである旨表示されていたとの点は認めるが、その余の事実は否認する。

わが国においては、原子力発電所(原子炉)の設置および運転は、原子力基本法、原子力委員会設置法、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律、電気事業法、電源開発促進法、原子力損害の賠償に関する法律等によって公認されており、右法律に従うかぎり適法であって、何ら公序良俗に反するものではない。

なお、原告が伊方発電所で採用した加圧水型軽水炉は、世界の原子炉中五二%を占める最も普及した運転経験豊かな実用原子炉であり、商業用では今まで公衆に被害を及ぼすような事故は一度も起こしていない安全性の高いものであるうえ、放射性廃棄物等の処理対策等も十分講じられている。

3  同3の事実は否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を総合すれば、請求原因1記載の本件各土地売買契約が締結されたことを認めることができ、右認定に反しもしくはその趣旨に適合しない≪証拠省略≫は前掲証拠に対比してにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するにたる証拠はない(右のとおり本件第二土地は登記簿上の地目は田であるが、現況原野であって非農地、非採草放牧地であるから、本件売買による所有権の移転については農地法所定の許可手続をすることを要しないものである)。

二、そこで、まず被告両名主張の抗弁1(効果意思の欠缺と錯誤による無効)について検討するに、本件各契約は、原告が本件各土地が原子力発電所用地として適地であることを条件としたことは、前記認定のとおりであって、被告両名がいう錯誤とは、原告が本件各契約の要素とした右条件がないものと認識して契約したとの趣旨に帰するのであるが、前記一の認定にしたがえば、被告両名は、本件各土地が原子力発電所用地として供されることのあることを認識していたものということができるので、被告両名にこの点の錯誤がなかったものというべきであり、また、本件各土地についてボーリング調査をすることの承諾で契約書に判を押したもので売買の意思がなかったとの趣旨の≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫と対比して措信しがたく、他にその証拠がないので、被告両名の抗弁1の主張は採用することができない。

三、つぎに、被告両名主張の抗弁2(公序良俗違反―原発設置の危険性)について検討するに、右抗弁の事実中、本件各契約上、本件各土地が原子力発電所用地に供されるものである旨表示されていたことは、当事者間に争いがなく、したがって右の点が本件各契約の動機となっていたことが明らかである。そして、本件の場合、原告が本件各土地は原子力発電所用地として適地であると認めることを条件としていることは、前記認定のとおりである。

そこで、右動機および条件として本件各契約の内容となっているところの原子力発電所の設置、運転が民法九〇条の公序良俗に反するかどうかについて、判断する。

おもうに、原子力発電所(原子炉)の設置、運転は、わが法制上、原子力基本法、原子力委員会設置法、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律、電気事業法、電源開発促進法、原子力損害の賠償に関する法律等によって、厳重な規制を受けてはいるが、その設置、運転が許されないものとはされておらず、かえって、右厳重な規制のもとで、その存在が公認されているのであるから、それが右厳重な規制にもかかわらず、付近住民の生命、身体を侵害する危険性の程度が極めて高くかつその危険が急迫にして現実的であるなどの特別の事情がないかぎり、公序良俗に反するものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、原告が本件各土地等に設置、運転しようとしている加圧式軽水型原子炉は、アメリカを初めとする諸外国ですでに商業用の原子力発電所に設置、運転され、わが国においても昭和四五年から敦賀発電所や美浜発電所において運転が開始されているが、その実用運転の経験は十分でその安全性については全く疑念がないとまではいいきれず、潜在的にしろいくばくかの危険を伴なうものであることは否定できないにしても、その危険性の程度が極めて高くかつその危険が急迫にして現実的であるというわけではなく、現在内外の科学者の間で原子炉自体の安全性や放射性廃棄物の人体に与える影響等については論争中であって、いまだその安全性について全体的な意見の一致をみているとはいえないものの、その安全性についてこれを保証している科学者も少なからず存在することが認められ、右認定に反する適確な証拠はない。

そうして、本件について、原告が前記厳重な規制をおかして原子力発電所を設置、運転しようとするような事情の存在については主張立証もなく、特に危険性の程度が極めて高く、その危険が急迫にして現実的であることの特別の事情は認められないので、本件における原子力発電所の設置、運転が公序良俗に反するものということはできず、被告両名の抗弁2の主張を採用することはできない。

四、さらに、被告両名の抗弁3(契約の解除)について検討するに、右抗弁事実にそいもしくはその趣旨に適合する≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫と対比してにわかに措信しがたく、他に右事実を認めるにたる証拠はないので、被告両名の抗弁3の主張も採用できない。

五、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨をあわせ考慮すれば、請求原因2の事実を認めることができ、右認定に反する適確な証拠はない(なお、右停止条件は、原告が本件各土地が原子力発電所用地として適地であると認めることを契約の内容としているのであるから、条件成就の有無は第三者の判定によるべきでなく、また、それは単に債務者の意思のみにかかるものではないから、もとより本件各契約は有効と解すべきである)。

六、請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。

七、以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九三条および八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水地巌 裁判官 梶本俊明 裁判官 梶村太市)

〈以下省略〉

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